2007年2月11日 (日)

あな

谷川俊太郎作 和田誠 絵 福音館書店Photo_72

1998年こどものとも傑作集 840円

不思議な絵本です。

あな

にちようびの あさ、 なにも することがなかったので、 ひろしは あなを ほりはじめた。

いろんな人があなを掘るひろしを見に来ます。

掘ったあなに入ってみたら、空が青く高く見えました。

あなから出てみて、またひろしはあなを覗いてみます。

そして一日が終わる・・・シンプルなお話。

さてさて、皆さん穴を掘って中に入ったことありますか? ほとんどの人はないと思います。

でも、穴の中に入ったらどんな感じでしょう?

入らなくても、お砂場で小さな穴を掘るだけでも、なんだか落ち着いた気持ちになりますよね。

実は今日伊丹市立美術館で谷川俊太郎先生の講演会があり、楽しいお話を伺いました。

その講演の中で“穴は人間にとって胎内を思い出させるものだ”とおっしゃっていました。

なるほど・・・だから落ち着くのかもしれません。

谷川先生独特の哲学的な文章と、和田誠さんのシンプルな絵が、とてもマッチしている作品です。

絵本を通じて、つめたい土のあの感触・・・静かな空間(これは想像ですが・・・)を感じることが出来ます。

あなを掘るという人間の深層心理の奥に響くことは、子どものアンテナにひっかかるようで、子どもも何度も読んで!となるでしょう。

そして、子どもだけにはもったいない、大人もじっくり読んで欲しい一冊です。

表紙はあなを穴の中から見た絵、裏表紙は地面からあなを覗いて見た絵。

“あな”というからには、奥の深い作品です。

あなたもじっくり穴を掘ってみませんか?

読んであげる目安 4歳から

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

悲しい本

マイケル・ローゼン作 クェンティン・ブレイク絵 谷川俊太郎訳

発刊年 2004年 あかね書房Photo_15  1470円

今日9・11は、たくさんの人たちが亡くなった日。あれから5年が経ちました。あの後、世界は暴力の連鎖の渦に巻き込まれてしまいました。

それぞれ亡くなった人には人生があり家族がある。残されたものは力強く生きている人も、まだ心の傷を負ったままの人もいるでしょう。

この本は、最愛の息子をなくした一人の男の『悲しい話』の本です。

大切な人を亡くすと心にぽっかり穴があいたよう。心が痛いのです。悲しみからはなかなか逃れることができません。でも生きている自分は生き続けなければならないのです。自分の周り・・・自分のなか・・・悲しみに占拠される男。

谷川俊太郎氏の訳文が力強く私たちに語りかけてくれます。

悲しみはどこにあるのか?いたるところにある。そいつはやってきてきみを見つける。

悲しみはいつくるのか?時を選ばない。そいつはやってきてきみを見つける。

悲しみとは何ものか?人を選ばない。そいつはやってきてきみを見つける。

悲しいことを人に話してみたり、楽しいことをやってみたり、時には怒ったり、でも悲しみの気持ちからは逃れることは出来ない男。ようやく“大切な人がいたころのことを思い出す”ことで少し悲しみから開放される。そして誕生日の蝋燭・・・蝋燭をじっと見つめながら男は何を思うのでしょう。楽しかった頃の思い出、そして今の自分、自分が抱え込んでいる悲しみとじっくり向き合う。

大切な人を失った悲しみからは簡単にのがれることはできないでしょう。一人で一生悲しみを背負うこともあるでしょう。でも・・・この本を読むと自分の持っている悲しみが少し癒されるかもしれません。

思い出が大切に思えるのはその昔皆が楽しく生きたから・・・後悔したくないのなら、毎日少しずつ少しずつ幸せの思い出を作っていくしかないように思えます。自分を大切に、家族を大切に、周りの人を大切に。人生は小さな幸せのドロップを缶に一つずつ集めていくようなもの。

暴力に対してその仕返しに暴力を使っても解決にはならない。そして犠牲になるのはふつうに生きている人がほとんどです。世界中で今も多くの人が傷つき、亡くなっている。自分の愛する人、家族、友達を亡くして悲しんでいる人がいる。

平和を祈りましょう。

| | コメント (3) | トラックバック (7)

2006年9月 9日 (土)

南の島の星の砂

Cocco作 絵 河出書房新社Photo_14

発行年2002年 1575円

さんご礁に囲まれた小さな南の島でのお話。島には大きなガジュマルの木があります。人魚や他の生き物が島とその周りの海で自然とともに生きる、その日々を描いています。月・星・風・・・雨、人は木々や海の生き物は自然と共にゆるやかな時間の中で生きています。

作者であるCoccoは沖縄出身のシンガー、今は活動していないそうですが熱狂的なファンはたくさんいまでもいるそうです、そんな彼女が歌手としての活動をやめた後描いた絵本です。

うつくしい黒い画用紙に描かれた海や波や空、太陽や風や雨のあざやかな色彩と繊細なタッチがとてもすばらしい。

インドネシア・バリにアメッドという町があります。海は少し泳いだだけでさんご礁やお魚に出会える町です。私が訪れた7年前そこは電気も通じておらず、夜はごく短い時間だけ自家発電があるだけ。9時にもなると、町の電気は消えてしまいます。

満天の星空もすばらしい・・・満月の日は満月だけが光りそれもうつくしい。

波の音だけ聞こえる町。

朝太陽が昇る前から町の男たちは海に漁に出かけ、ちょうどお日様が昇るころ帰ってくる。帰ってきた男たちは出迎えた妻らしき人たちに魚を渡す、売りに行くのは女たちの仕事でした。

自然に感謝し生きる、自然と共に暮らす・・・そんな町での暮らしを垣間見ました。

日本の都会で生きるのと、そういうところで暮らすのとどちらが幸せなんだろう。

この本の舞台は沖縄でしょうが、私はアメッドを思い出してしまいました。

もちろん、自然と共に生きることは難しいことです。嵐の日もあります。そんなとき・・・なにもなくなっても人はまたやり直し生き続ける・・また自然とともに生きる、そんなメッセージも込められているのでしょうか?

雨がたくさん降って空の星は海に落ち、朝日が昇る頃砂浜に打ち上げられて星砂になりました。

そして星砂は夜が訪れる前に ふわふわと空へ舞い上がり 今日も小さな島を照らすのです

大人向け絵本としましたが、きっと子どもにもうつくしい色彩は心に何か残してくれると思います。

うつくしい海・島が世界中にまだまだあることを祈って。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 2日 (土)

しあわせなふくろう

ホイテーマ作 チェレスチーノ・ピヤッチ絵Photo_10

おおつかゆうぞう 訳 福音館書店

1966年初版 1365円

仲良しのふくろう夫婦、なんでそんなに幸せそうなの?と近くに住むガチョウやニワトリ、クジャクは不思議に思いたずねに行きます。

ふくろうの答えは

春は・・・芽生えの美しさ

夏は・・・植物・生物の生き生きとした活動

秋は・・・実り

冬は・・・静かに森中が休息を取る

季節が移り変わるそのありさまをただのんびり眺めているだけで、ふくろう夫婦は幸せだと答えるのです。

この本に出てくるほかの動物はまるで現代社会の大人たちのよう。

お金儲けすることだけや自分が裕福になれることだけが幸せで、そのためには人を傷つけたり押しのけてもかまわない。世界の至る所で起きる戦争紛争

着飾った人のように羽をひろげてふくろうに自分をみせびらかすクジャクは、まるで着飾ることだけに夢中になった心の冷たい、または心のさびしい人のよう。

結局、動物たちはふくろうの“平凡だけど幸せな毎日”が理解できず、みんなで去って行ってしまいました。

そう・・・聞く耳を持たず戦争ばかりしている人たちのよう。

何が幸せかを決める基準は自分の中にあるから、ふくろうの生き方がすべてじゃない、と思うけれど、他の動物のように自分勝手に生きるのは、人を傷つけるのは、・・・やっぱりおかしい。

羽をひろげたクジャクの絵はギクッと私にさせます。

弱い自分の心を守るために、自分を着飾り、強がってみせることがある私。

でもね、本当は違うんだよ。弱い自分を受け入れてもいいし、わざと強がる必要はなにもない。

本当の自分の心を思い出し、何を大切か考えること。

この本を読みながらそんなことを考えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火)

金曜日の砂糖ちゃん

Photo 酒井駒子作 偕成社

発行年 2003年 1260円

ネット通信でもご紹介した、大人向け絵本です。

「金曜日の砂糖ちゃん」「草のオルガン」「夜と夜のあいだに」3篇を収録しています。

独特なタッチで描かれた黒い筆、その中にうかびあがる鮮やかな色彩

週末への境目の金曜日と砂糖ちゃんという甘い名前

すべてが大人のわたしたちを違う世界へと導いていきます。

あたたかで 気持ちのよい 午後です。 女の子が ひとり 眠っています。

本のページをめくっていくうちに、子どもの頃のあったようななかったような記憶?夢?が心にぼーっとうかんできます。幻想の時間へといざないます。

草の匂い、風の匂い、太陽の匂い、夕方の匂い、そして・・・・子どもの匂い

そういえば、子どもの頃は今とは違う時間が流れていたような・・・気がしてくる。

この本を読むと、自分のまわりの時間がゆったり流れてくるのです。

同じ時間を過ごしていても大人の時間の移り変わりと子どもの時間の流れ方は違うのかもしれない。

それを分かって素敵な子ども時代をすごさせてあげるのは大人の役目かもしれません。(自己反省も込めて・・・)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年8月22日 (火)

さくら子の誕生日

宮川ひろ 作 こみねゆら 絵 童心社Photo_5

“みごも栗”という不思議な木に名前の由来のあるさ くら子という小学生の女の子のお話

台風の日に倒れかけた栗の木が一本。その木は折れてしまいましたが、何とか下のほうは栗の実をみのらせていました。そして何年かたったとき、折れた木のてっぺんから桜の木が生えたそうです。

栗の木が桜をみごもる・・・そういうわけで“みごも栗”と言われ、赤ちゃんを授かりたい人が訪れるようになったそうです。

さくら子には、重大な出生の秘密があったのですが、この桜の木の風景とともに、この絵本では淡々と描かれています。

赤ちゃんが生まれることや、人を育てるということ、それは神様がくれた奇跡なのかもしれません。人と人とが愛し合うこと、命が生まれること、縁あって一緒に暮らすことはちょっとしたタイミングやすれ違いで違ってたかもしれません。

そう思うと、今ある自分や家族、そして周りの人とのつながりの奇跡を感じざるを得ません。血のつながりや国籍や性別、すべて関係なく、自分とかかわりのある人と誠実に向き合いたい・・・なんてね、少し堅くなっちゃいますが、そう思います。

そして、本当の優しさには強さが隠されているのだな、と。

この本は、こみねゆらさんのやさしい思いやり一杯の絵が、お話とともに私たちにすがすがしい風を吹かせてくれます。

“みごも栗”の木は本当に実在する木だそうですよ。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2006年8月18日 (金)

ぐるんぱのようちえん

Photo_1 西内ミナミ作 堀内誠一絵 福音館書店   

汚くって一人ぼっちで時々泣いている象のぐるんぱが自分の居場所を探す旅です。

最初に仲間の動物たちがぐるんぱを勇気付けて送り出してくれるところも印象的です。 ビスケットさん、お皿やさん、靴屋さん、ピアノ工場、自動車工場、どこへいっても失敗ばかり、でもへこたれずにがんばっているぐるんぱ(時には泣きそうになったりもしますが)

最後にたどりついた場所・・・たくさんの子どもたちがぐるんぱとぐるんぱの幼稚園を必要としていてくれました。子どもたちがいきいきお皿のプールで遊び、靴でかくれんぼ・・・読む人を幸せな気持ちにしてくれます。

読んでいる大人にも、自分の居場所はどこだろう?としみじみ人生を考えさせてくれる絵本です。作者の西内氏もちょうどこの本を執筆する時1回目の転職を終えたばかりで、「これからのわたしはどうなるんだろう?」と不安に思っていたそうです。でも明るい性格なので「一生懸命やっていればなんとかなるさ!」と・・・だからハッピーエンドなんですね。

お母さんになったばかりの西内氏が手がけた本には、やっぱり大変そうなお母さんも出てくる。これから始まる育児という未知の世界への緊張感が伝わってきます。

絵を担当された堀内氏は、大きな大きな象~、なわけですから、絵のタッチはとてもダイナミックです。表紙でじーっとみつめる無垢な象の目が、子どもを・・・大人を・・・ひきつけるのでしょう。

子どもだけではない、大人にも楽しんで欲しい絵本です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)